「姓・名」の順での英語表記は文科省の歴史的な愚策である
英語表記を姓・名の順に変える理由は、「日本語と同じ順序にしたいから」、「順序を逆転したのは、明治のころに欧米に媚びたためで、それがけしからんから」の2つに集約されると思います。
いま変えても問題ないとする主な根拠としては、「中国や韓国では自国語と同じ順序にしているから」、「英語圏でも、電話帳や名簿では、姓が先に書かれており、姓名の順序でも受入れられるはずであるから」、「中華系が「姓・名」で表記する習慣を欧米人は理解しており、混乱がないから」があります。
しかし、中国や韓国に合わせるなら、今度はその二国に媚びていることにならないでしょうか。電話帳や名簿だけなら、あまりに用途が限定されていないでしょうか。本当に世界中が中華系のみ「姓・名」の順だと理解しているのでしょうか。それに、見た目で中華系と必ず分かるのでしょうか。
これだけの理由と検証で、いままで続いてきた習慣を変えようというのは、暴挙としか思えません。
すでにある程度、Ichiro Suzuki のような「名・姓」の順が定着していると思います。「姓・名」に一理あるとしても、デファクトスタンダードというものがあります。さらに、日本人の中で「姓・名」と「名・姓」が混在することで、大きく混乱してしまいます。
日本人は、自分の気持ち・信念を大切にする人たちと、それよりも合理性・利便性を重視する人たちの2種類に、大きく分かれていると思います。
自分の気持ち・信念を大切にする人たちが要職を占めると、これほどまでに愚かな決定をし、混乱を引き起こすことがわかります。
文科省は間違った決定を下し、それを学生に教えています。この愚策は、ゆとり教育にも匹敵する、取り返しのつかないものです。将来、厳しく批判されることになると思います。
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