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2005.10.23

ジャーナリズムとは「真実を伝えること」ではないでしょうか

 「ネットは新聞を殺すのかblog」の湯川さんが新しい本「ブログ・ジャーナリズム 300万人のメディア」を出しました。紀伊国屋書店にあるそうなので、ちょっと読んで見ようと思います。

 湯川さんは、その本の紹介の流れでジャーナリズムの定義について語っています。
 プロの記者、あるいはプロの記者と思われる人々は、
 「力でねじ伏せようとする権力に対して、公明公正な議論で対抗すること」
 「今言うべきことを言うこと」
と定義しているそうです。さらに、
 「足で情報を取ってこなければジャーナリズムではない」
 「新聞記事を論評する程度のことはジャーナリズムではない」
という考えもあるようです。

 しかしこれらは一般人の感覚とは離れているような気がします。
 辞書には「新聞・雑誌・テレビ・ラジオなど時事的な問題の報道・解説を行う組織や人の総体。また、それを通じて行われる活動」ぐらいしか書いてありません。

 いくつか調べたところ、Wikipediaで「報道」を引いたときに出てくる、「英語版に見るJournalism(2005年3月8日版)」がいちばん納得できる定義だと思いました。

『ジャーナリズムとは、散在している事物や人について現在起こっている出来事、流れ(トレンド)の情報を集め、検証し、レポートし、分析する技能・訓練のことである。それらの技能を有している者・それらの作業を行っている者を、ジャーナリストと呼ぶ。』
『ジャーナリズムの中心的な活動は、出来事を誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、どのように行ったかをレポートすること、その出来事や流れが持つインパクトや意味を説明すること、である。ジャーナリズムは、幾種類ものメディアに存在する。新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、そして新しくは、インターネットにである。』
『大抵の場合、事実のレポートと意見(新聞の社説やコラム・論評)は区別される。しかしながら、この区別はしばしばとても難しい。ジャーナリストは、プロパガンダ(宣伝)や偽りの情報に、意図せずに乗せられることに陥りやすい。またジャーナリストは、報道する事柄を取捨選択する作業の中で、事実の持つ意味・価値に、先入観や特定の傾向や偏見を与えることになりやすい。たとえば、何か逸話に焦点を当てるときや、一連の出来事への部分的な説明を試みるときである。外国の出来事をレポートするときは、よりそうした罠に陥る余地がある。なぜならそれはその距離から、地理的な理由により、ライターや新聞の編集者たちにとって、事実を確認して報道することはより難しいからである。』

 私の感覚では、ジャーナリズムとは「真実を伝えること」ではないかと思います。
 真実を伝えるためには、「何が真実かを知ること」と「それを伝える方法」が必要です。
 何が真実かを知るためには、真実を見極める知性、教養を持ち、追求する姿勢を養い、行動することが必要です。
 そして、伝えるためにはその内容を正確に、わかりやすく文章や番組にするテクニックや、そのコンテンツを配達・配信する仕組みを整えることが必要です。

 日本のプロのジャーナリストは、このようなことにはあまりこだわっていないのでしょうか。反権力であることなどは、どうでもいいと思います。また、足で取って来る情報こそ価値があるのだという考え方も納得できません。法案の条文やWebの発表資料を丹念に読み込んだ結果を記事にしたものも十分価値があると思います。

 もし日本のジャーナリズムに「英語版に見るJournalism」のような定義がないのだとしたら、ちょっと信頼できない気がします。

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コメント

日本には記者は一人もいない、いるのはマスコミ各社の社員のみだと 世界各国のジャーナリストによるもっぱらのうわさ(陰口)だそうです。
 護送船団で競争を排除してきた日本の金融機関と金融マンの能力の低さは世界の常識になっていましたが、最近ようやく日本国民にもその事実が知られるようになってきました。現在、同じ事が日本のマスメディアとジャーナリストに起きつつあると見てよいでしょう。
 競争の無い所、腐敗と堕落が蔓延するのは世の常です。日本のマスメディアに健全な競争など存在する余地さえないのです。記者クラブがそれを証明しています。
 まして ゆうくんが指摘する、ジャーナリズムの命とも言える「真実を伝える」という 民主主義の守護者としての使命感など持ち合わせてはいないと思われます。
 このようなジャーナリストが「足で取ってくる情報」とは記者クラブを通して関係を持った官僚のリーク情報程度のものと相場は決まっています。
 世界各国が持つ情報機関が日々取り組んでいる情報活動の9割は、公表されている情報の分析と評価に当てられています。残り1割を政治家やジャーナリストなどに対する買収、誘導、脅迫などに振り向ける程度でしょう。ジェームズボンドが世界を救うのは映画や落合信彦の世界の中だけといっても差し支えないと思います。
 ゆうくんが仰る通り、現場主義に価値を持たせるためには 深い教養とバランス感覚、緻密なデータ分析などの裏づけが必要で 日本のジャーナリストには残念ながらそれは期待できないでしょう。

投稿: 案山子 | 2005.10.24 01:24

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