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2005年10月

2005.10.31

森永氏が三位一体の改革を批判

 日経BPのSAFETY JAPAN 2005の森永卓郎氏のコラムの第4回です。
「大増税」とライフラインを切り捨てる「福祉カット」が始まる!~この国に生まれたる不幸を弱者が嘆く時代に~(nikkeibp)

 この中で森永氏は、自民党の総選挙圧勝により「増税」「インフレ」「戦争」の3つのリスクが高まったとしており、今回は「増税」に絞って論じるとしています。

 まず、公共事業が減っているのに赤字が増大し続けている原因として、独立行政法人の職員の給与が高くなっていることを挙げています。しかし、独立行政法人への補助金をカットせよとは言わず、増税は避けられないと結論づけています。

 次になぜか三位一体改革の批判になり、補助金カットを批判しています。しかし補助金カットは税源委譲とセットで地方が望んでいることであり、中央官僚が反対しているものです。なぜ森永氏が中央官僚の味方をするのか理解できません。

『こうした増税が進む一方で、福祉は一般財源化され、国が面倒を見ないという方向に向かっている。』
『三位一体改革にしても、結局は、何から何まで補助金をカットする話ばかり。しかも、カットの対象になっているのは、欠かせないものばかりなのである。』
『私は、こんな社会はおかしいと思う。機会の平等を確保するからこそ、活力ある社会となるはずだ。義務教育は国で責任をもってほしい。』

 意外にも森永氏は地方分権に反対のようです。福祉や義務教育はそれぞれの地方で行われるのですから、地方にまかせるのが合理的・効率的ではないでしょうか。

 「大増税」といっても景気が悪くならないようにゆっくりと行われるはずです。また、弱者はもともと税金をあまり払っていないのですから、影響は少ないはずです。「この国に生まれたる不幸を弱者が嘆く時代」が来るなんて言い過ぎでしょう。ではどの国に生まれたらよかったのでしょうか。

 森永氏は、とにかく国が面倒見なさいと、中央集権かつ大きな政府を主張しています。そうすれば弱者が幸福になるということなのでしょう。しかしそれで世界との競争に勝てるのでしょうか。

 今回の内容は、増税について論じると最初に言っているにもかかわらず、増税に向かうのはきわめて当然のことだと言うだけで終わらせ、タイトルにある「ライフライン」や「福祉」の話は無く、大きな政府でもうまくやっていけるという説明もありません。結局森永氏が何を言いたかったのかよくわかりませんでした。

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2005.10.30

新憲法草案で改正発議要件を過半数に引き下げ

 自民党が新憲法草案を決定しました。
自民が新憲法草案決定、自衛軍保持を明記(YOMIURI ON-LINE)

 全体として驚くような内容はなく、現状の追認をめざしたものと思われます。

 この草案の最も重要な点は、憲法改正の発議を、衆参両院の3分の2以上の賛成から過半数に引き下げたことだと思います。今回はほとんどの人が賛成できるものとし、次回にハードルの高い改正をするのでしょう。

 そうだとしても、国民の過半数の賛成が必要な点は変わらないわけで、国民による直接判断の比重が高まったことになり、いいことだと思います。

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2005.10.29

ニューズウィーク日本版はアメリカの雑誌ではないらしい

 総選挙直後の号で、鄧小平氏と小泉氏が似ているという理解しがたい記事を書き、この雑誌はどうなんだろうと思っていました。この雑誌がおかしいと感じているのは自分だけかなと思っていたのですが、ココログでも同じように考えている人を見つけました。
「乱読雑記」の「ニューズウィーク日本版を読む理由がひとつ無くなった」

 この中で、「中国は日本より道徳的に優れているという印象を与えた」とのコメントは朝日新聞のコラムニストの船橋洋一氏、「日本と中国は、ドイツとフランスを見習ってほしい。」の発言は早稲田大学に留学している中国人だと指摘しています。
 さらに、英語版と日本語版の内容が違うので、「日本向に味付けされたアメリカの雑誌なんて読む価値があるのかしらね。」と批判しています。

 過去に、雅子さまが皇太子妃に決まったとき、写真は同じで、英語版の表紙は「Reluctant Princess(しぶしぶの皇太子妃)」、日本版の表紙は「プリンセス誕生」と変えていたことがありました。

 日本版と英語版の記事は同じでないというのはニューズウィーク日本版のサイトにちゃんと書いてあります。

『日本で手に入る英語版は基本的にアジア向けの太平洋版ですが、日本版は必ずしも太平洋版をそのまま翻訳したものではありません。米国版と3種類の国際版のなかからピックアップした記事と、日本版編集部が独自に作成した記事で編集しています。』

 日本で手に入る英語版はアジア向けであり、その時点ですでに中国寄りなのでしょう。さらに日本版では日本在住のリベラルなジャーナリストが日本で取材した記事を加えているのだと思います。

 読む価値があるかどうかは読者のニーズ次第でしょうが、インターネット経由でアメリカの記事を読むことができ、翻訳ソフトや翻訳サイトが使える時代ですから、存在意義がなくなってきたと言えると思います。

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2005.10.28

「2006年 長谷川慶太郎の大局を読む」を読みました

 「日本国の世代交代」が始まった! というサブタイトルで、2006年の世界の大局を解説している本です。

 2005年版での予想で外れたものは、
 ・北朝鮮崩壊は近い。
です。また、予想が外れたものの、結果的に的中したものとして、
 ・国内政治は小泉旋風が吹き荒れる。当分選挙がないのと、橋本派の崩壊で構造改革が着々と進む。
があります。

 さて、2006年はどうなるでしょうか。長谷川氏によると、テーマは大きく3つあるそうです。
1.原油急騰はとまるか
 アメリカが省エネに向けて路線転換しており、ゆるやかながら歯止めがかかるようです。
2.ポスト小泉は誰か
 ポスト小泉は小泉しかいないということです。
3.中国崩壊の影響はあるか
 中国は解体・消滅するしかないとのことです。その場合でも、GDPが世界の4パーセントであるため、世界経済に与える影響は小さいそうです。また、日本経済の輸出依存度は10パーセントであり、その中でも中国向け輸出が20パーセント以下のため、日本には影響がないと予想しています。

 長谷川氏の予想は、中国に対しては悲観的で、日米に対しては楽観的なところがあるため、そのあたりをうまく調整する必要がありますが、大局ですから流れさえつかめればいいのだと思います。

 この本の中で一番興味深かったのは、「ブッシュ大統領の「リガ演説」」です。今年の5月9日にブッシュ大統領がラトビアの首都リガで行ったもので、第二次大戦中のヤルタ協定を「歴史上最大の誤り」と批判しています。

 批判の理由は、この協定が見せかけの安定のために小国の自由を犠牲にしたものであり、これによって欧州は分断され、逆に情勢を不安定にしたというものです。日本関係ではソ連の対日参戦、南樺太・千島列島の引渡しなどがありました。
 そしてその意味するところは、アメリカは今後このような過ちを繰り返さず、世界が自由と民主主義を獲得するまで二度と安易な妥協はしないということだそうです。

 そうだとすると、イラクから始まり、北朝鮮、中国についてもこの方針を貫くものと思われます。中国に対して北朝鮮の体制変更を強力に迫るのかもしれません。また、台湾の独立を承認するなど、強烈な圧力を中国に加えるのかもしれません。

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2005.10.23

ジャーナリズムとは「真実を伝えること」ではないでしょうか

 「ネットは新聞を殺すのかblog」の湯川さんが新しい本「ブログ・ジャーナリズム 300万人のメディア」を出しました。紀伊国屋書店にあるそうなので、ちょっと読んで見ようと思います。

 湯川さんは、その本の紹介の流れでジャーナリズムの定義について語っています。
 プロの記者、あるいはプロの記者と思われる人々は、
 「力でねじ伏せようとする権力に対して、公明公正な議論で対抗すること」
 「今言うべきことを言うこと」
と定義しているそうです。さらに、
 「足で情報を取ってこなければジャーナリズムではない」
 「新聞記事を論評する程度のことはジャーナリズムではない」
という考えもあるようです。

 しかしこれらは一般人の感覚とは離れているような気がします。
 辞書には「新聞・雑誌・テレビ・ラジオなど時事的な問題の報道・解説を行う組織や人の総体。また、それを通じて行われる活動」ぐらいしか書いてありません。

 いくつか調べたところ、Wikipediaで「報道」を引いたときに出てくる、「英語版に見るJournalism(2005年3月8日版)」がいちばん納得できる定義だと思いました。

『ジャーナリズムとは、散在している事物や人について現在起こっている出来事、流れ(トレンド)の情報を集め、検証し、レポートし、分析する技能・訓練のことである。それらの技能を有している者・それらの作業を行っている者を、ジャーナリストと呼ぶ。』
『ジャーナリズムの中心的な活動は、出来事を誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、どのように行ったかをレポートすること、その出来事や流れが持つインパクトや意味を説明すること、である。ジャーナリズムは、幾種類ものメディアに存在する。新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、そして新しくは、インターネットにである。』
『大抵の場合、事実のレポートと意見(新聞の社説やコラム・論評)は区別される。しかしながら、この区別はしばしばとても難しい。ジャーナリストは、プロパガンダ(宣伝)や偽りの情報に、意図せずに乗せられることに陥りやすい。またジャーナリストは、報道する事柄を取捨選択する作業の中で、事実の持つ意味・価値に、先入観や特定の傾向や偏見を与えることになりやすい。たとえば、何か逸話に焦点を当てるときや、一連の出来事への部分的な説明を試みるときである。外国の出来事をレポートするときは、よりそうした罠に陥る余地がある。なぜならそれはその距離から、地理的な理由により、ライターや新聞の編集者たちにとって、事実を確認して報道することはより難しいからである。』

 私の感覚では、ジャーナリズムとは「真実を伝えること」ではないかと思います。
 真実を伝えるためには、「何が真実かを知ること」と「それを伝える方法」が必要です。
 何が真実かを知るためには、真実を見極める知性、教養を持ち、追求する姿勢を養い、行動することが必要です。
 そして、伝えるためにはその内容を正確に、わかりやすく文章や番組にするテクニックや、そのコンテンツを配達・配信する仕組みを整えることが必要です。

 日本のプロのジャーナリストは、このようなことにはあまりこだわっていないのでしょうか。反権力であることなどは、どうでもいいと思います。また、足で取って来る情報こそ価値があるのだという考え方も納得できません。法案の条文やWebの発表資料を丹念に読み込んだ結果を記事にしたものも十分価値があると思います。

 もし日本のジャーナリズムに「英語版に見るJournalism」のような定義がないのだとしたら、ちょっと信頼できない気がします。

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2005.10.22

森永氏が郵貯が危ないとデマを流しています

 日経BPのSAFETY JAPAN 2005の森永卓郎氏のコラム「小泉構造改革をどう生きるか」の第3回です。

郵政民営化法案成立で我々を待ち受ける運命~郵貯・簡保は日本国債・米国債のゴミ箱と化す~(nikkeibp)

 内容は2つに分かれています。前半は、郵貯が米国債を買うだろうという予想です。
 ・まずアメリカが郵政銀行の株の約20%ほどを購入する
 ・そして、金利が高く、格付けが高い米国債を購入するべきだと提案する
 ・いままでは中国が買ってきたが、先の見えない米国債など恐くて買っていられない
 ・結局、郵貯が引き受ける
というものです。

 アメリカが郵政銀行の株を買うとありますが、いったい誰が買うのでしょうか。連邦政府でしょうか。年金、大学、ヘッジファンド、それとも個人でしょうか。米国債を買わせるというシナリオなら、連邦政府でしょう。それならそんな面倒なことをせずに日本政府に頼めばいいのではないでしょうか。
 それ以前に、今の米国債は、かなり人気があるはずです。金利が上がらないことがその証拠です。おそらく、オイルマネーが入っているのでしょう。わざわざこんな手の込んだことをして米国債を買ってもらわなくても大丈夫のはずです。

 そして後半は、米国債を持った郵貯は危ないから、株・不動産にシフトせよという提案です。
 ・今は本格的な景気回復の局面である
 ・デフレの脱却は来年3月、そしてインフレが到来する
 ・現金や預貯金を持っていることがリスクとなる
 ・株式・不動産が有利である
というものです。

 インフレがくるという予測も疑問ですが、ある程度のインフレになったときに、果たして土地や株が期待通りに値上がりするのかも疑問です。
 特におかしいのは、郵貯から逃げなさいと言っているところです。

『 こうした(郵貯が米国債を買う)動きに対して、庶民がとりうる対策は1つ。すぐにでも郵貯から逃げられる態勢をとっておくことである。  ~だが、事情がよく飲み込めずに逃げ遅れる人も多くいるに違いない。郵貯のお得意さんである、いなかの高齢者である。  ~そうして、安全だと信じていた虎の子の貯金を失うといった悲劇が、あちこちで起きるような気がしてならないのだ。』

 郵貯は限度額が1000万円ですから、民営化されて銀行になるとすべてが預金保険の範囲内であり、全額が補償されます。お年寄りが虎の子の貯金を失うなどというのは根拠がなく、デマといえます。こんなデマを流す責任は重大です。

 庶民の味方であるはずの森永氏が、元本保証の郵貯を危ないからと引き出させて、不動産・株を買いなさいと言うのは、何か裏に意図があるのでしょうか。

 また、インフレがくることを前提として議論を展開していますが、もしなかなかインフレにならなかったらどうするのでしょう。そういう場合も考えてバランスよく投資の計画を立てることを勧めるべきではないでしょうか。この文章を読む限り、森永氏には投資のアドバイスをする能力はないと思います。

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2005.10.21

朝日新聞がニューヨークタイムズを使って靖国批判

 首相の靖国参拝を欧米紙がどのように論評しているのかについて、日経と朝日に記事が出ています。

 日経は、首相の靖国参拝、欧米紙が論評で、米ニューヨーク・タイムズ、米ワシントン・ポスト、仏ルモンドの三紙について内容をごく簡単に紹介しています。

 朝日は、米NYタイムズ紙、靖国参拝は「無意味な挑発」で、米紙ニューヨーク・タイムズだけをとりあげ、批判の厳しい部分をもれなく引用しています。さらに引用するだけでなく、米国全体が批判しているかのような書き方をしています。

『 米国の知日派はもちろん、ブッシュ政権内でも小泉首相の靖国神社参拝を評価する意見は皆無といっていい。何の戦略もなしに日中、日韓関係をいたずらに悪化させることは東アジアを不安定にし、6者協議などに悪影響を与えかねず、米国の国益をも損なうからだ。国務省も「対話を通じた解決を」(マコーマック報道官)と日本を含めた関係国に呼びかけている。ニューヨーク・タイムズ紙は日本の歴史認識問題に厳しい態度をとってきたが、この日の社説はこうした米国内の見方を代弁したものと言える。』

 国務省が「対話を通じた解決を」と言っているなら、中立の立場ではないでしょうか。『この日の社説はこうした米国内の見方を代弁したものと言える』のは、どういう根拠があるのでしょうか。知日派やブッシュ政権のほとんどが靖国神社参拝をやめるべしと言っているのでしょうか。そのあたりをちゃんと説明する必要があると思います。そうしなければ、ニューヨーク・タイムズ紙のこの社説がブッシュ政権の見方を代弁しているとは言えないはずです。それとも、思い込みで書いた記事なのでしょうか。

 朝日新聞は、自前の批判の効果がなくなってしまったため、提携先のニューヨーク・タイムズ紙の権威を利用しているようです。しかしこれはニューヨーク・タイムズ紙に対する疑問にもつながり、その効果は長続きしないものと思われます。

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2005.10.18

靖国参拝は大いに結構

靖国参拝は「二度と戦争しない決意」…首相が強調(YOMIURI ON-LINE)

『二度と戦争をしないという決意を表明した。今日の平和は、生きている人だけで成り立っているのではない。戦没者に敬意と感謝の気持ちを伝えるのは意義のあることだ』

と言うのならそれでいいのではないでしょうか。参拝に問題はないと思います。

 中国、韓国の言うことはもはや言いがかりにしか聞こえません。中国は自分の国が独裁で、軍国主義で、周辺諸国を脅し、武器を大量に売っていることを差し置いて批判だけする、とんでもない国です。批判する資格などありません。

 日本は侵略戦争ができるような軍隊をもっていませんし、核兵器もありません。武器も売っていません。憲法改正案もかなりおとなしいものになりそうです。

 小泉首相のみならず、今後、その後継者もなんらかの形で参拝するのでしょう。これには、中国とは安易に妥協しないことを繰り返し内外に対してメッセージを送る意味が込められているのだと思います。対立を恐れず、参拝しているうちに、賛同者が少しずつ増えていくような気がします。

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2005.10.17

立花氏が07年の財政破綻を予想

 「立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」」の今回は、苦手な財政・経済面で小泉批判をし、珍しく過去を持ち出さない内容になっています。
新・世界一の借金王 小泉デフレ政権の正体(nikkeibp)

 まず、年金改革、医療改革、三位一体改革、財政改革などが何ひとつ実現していないとまっとうな批判をしています。
 さらに、プライマリー・バランス(基礎的財政収支)の目標ですら、2010年という先にされてしまっており、小泉首相は消費税増税という根本問題から一貫して逃げてきたと、厳しく批判しています。財政という最も難しい部分をターゲットとする作戦のようです。

しかし、具体的な数字になると、とたんにあやしくなってきます。

『年金会計の政府支払部分が、すでに40兆円を突破しており、歳入の主要部分である国税収入(45兆5900億円)とはほぼ等しいところまできてしまっているのだ。』

 財務省の「日本の財政を考える」(平成17年3月)によると、税収は44兆円、社会保障費は20兆円です。40兆円という数字はどこから出てきたのでしょうか。ひょっとしたら、国が支払う年金総額ではないでしょうか。そうだとすると国民年金・厚生年金の部分があるので、比較になりません。

『小泉首相が首相をしてきたこの4年間に、小泉首相は財政赤字を540兆円から796兆円にふくれあがらせ、その間に発行した国債が250兆円にも及び、小渕時代の「世界一の借金王」の3倍は軽々と突破しているのである。』

 財務省の「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」によると、平成13年3月末で538兆円、平成17年6月末で796兆円となっており、確かに250兆円増えています。
 でも、何か変です。「日本の財政を考える」をみると、国債費が18兆円、国債発行額が34兆円ですから、残高700兆円の金利を2パーセントとして加えても34-18+700x0.02=30兆円で、4年間でも120兆円しか増えていないはずです。

 もしかしたらこれは、年金・郵貯の預託金制度廃止による影響ではないでしょうか。
 現在、財政投融資改革を行っており、預託金の払い戻しをしているはずです。これについての詳しい解説記事は見つけることができませんでしたが、それらしき情報は財務省サイトにあります。
 財政投融資リポート2004 3.進化する財政投融資

 そして最後は聞いたことがない「07年危機」が来て財政が破綻すると予測しています。

『~小泉首相はもしかしたら、この危機的状況を誰よりもよく認識しているのかもしれない。それを認識しているからこそ、「あと1年で絶対にやめる」をきっぱり断言しつづけているのかもしれない。1年以上つづけたら、大破綻が必至(いわゆる07年危機による破綻の到来)だ~』

 間違った数字で批判するなら説得力がないし、全体の信頼性もなくなってしまいます。小泉内閣は財政出動をほとんどせずに経済を活性化したということで評価されているはずですから、破綻必至と主張するならそれなりの数字の裏づけをきちんと示すべきではないでしょうか。

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2005.10.16

立花氏が自民党の共産党化を危惧

 「立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」」の今回の内容は、いままでのレベルを超えて、論点がバラバラなものになっています。
小泉強権政治がもたらす「自由」と「民主」の末路(nikkeibp)

 まず1番目は、前回に引き続き、ポスト小泉についてあれこれ論じています。「文芸春秋」を読み、竹中平蔵氏もありうると分析しています。

 2番目は、小選挙区制ではスケールの小さな政治家しか残らない、重複立候補ではどんな不人気候補でも当選してしまうと、選挙制度の批判をしています。

 3番目は、公認権を握る党の総裁の権力が絶対化していると批判しています。
 しかし、その総裁は党の選挙で選ばれるのだし、別の党に行く方法もあるし、議員は直接国民によって選ばれるのですから、総裁の権力が絶対化するとは言えないはずです。

 そして最後は、「週刊現代」を読んで、日本は専制国家になりつつあると批判しています。タイトルの「小泉強権政治がもたらす「自由」と「民主」の末路」とはこの部分を指しているものと思われます。

『小泉首相が演説を一区切りするたびに、議席の前面にズラリとならんだ小泉チルドレンたちが一斉に手を叩くのだが、それが、かつてのソ連や東欧諸国、現在の北朝鮮など、専制主義国家(共産主義国家)の国会にあたる最高人民会議の光景とあまりにもそっくりなので、気味が悪くなったのである。』

 中国を擁護している立花氏が、現在の北朝鮮を専制主義国家=共産主義国家として批判するのは意外です。
 そしてこの共産主義批判をエスカレートさせています。
・専制国家においては、党中央に対する反逆はいっさい許さない
・反逆者に対しては、政治的自由を奪う
・場合によっては、処刑する
・恐怖心をあおるために、その処刑を公開の場で行う
・以上のことを積み重ねる
 さらに、

『日本においても、それらの専制主義国家の党と友好関係にあった日本共産党においては、党内権力闘争の過程で何度も何度も同じことが繰り返された。党中央に対する反逆を理由として、政治的実力はあるのに、党中央と意見を異にした政治家たちの政治生命が次々に奪われ、やがて、みんな党中央に従順になるとともに、党の活気が失われ、共産党全体が政党として凋落していった。』

と、日本共産党をも批判しています。立花氏は大丈夫なんでしょうか。粛清されないか心配です。

 そして、小泉首相もこれらの国々、組織と同じであり、同様に滅びるだろうと予言しています。

『小泉首相がこの政変でやったことは、自民党に共産党と同じ組織原則を押しつけることだった。党中央に対する反逆者は絶対に許さず、その命(政治生命)を奪うということである。健全な政治は、政治的な自由(政治的言論の自由。政治的行動の自由)が保証された社会でしか育たない。権力者が強権によって政敵を圧殺することが許されている社会は、いずれ、その強権政治の故に滅びる。』

 先日の解散総選挙では、単純に自民党が分裂し、多数派が意見の合わない少数派を追い出しただけでしょう。独裁ではないのですから、追い出された人が集まって新しい党を作り、国民の支持を集めれば政権を取れます。立花氏はそういうプロセスを無視しています。

 今回は珍しく、過去のことを言うのではなく、現在の共産党に似ているとして小泉首相を批判しています。歴史を出せばあまり勉強しなかった普通の人々はなんとなく納得してしまうのでしょうが、それがないと、「自民党の共産党化」と言って納得させるのはちょっと難しいでしょう。

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2005.10.15

立花氏がポスト小泉で現実逃避

 「立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」」に、いつのまにかたて続けに3つもエントリがされています。
自民党をぶっ壊す! 小泉首相の後継者選び(nikkeibp)
では、今の小泉内閣、郵政後の課題を考えるのではなく、1年後の政局を予想しています。こうすることできびしい現実から逃避でき、元気が出てきたようです。

『いまや党内で小泉首相と覇を競うことができるだけの政治家は一人もいなくなってしまった。こういう状況下で、小泉首相が本当に予告通り政権を1年後に手放すことになるかといえば、ならないと思う。』

と、まだ小泉首相が1年後に辞任するのが信じられないようです。その理由として、

『大量の株を持っている者で、株価が最高値をつけたときにそれを全部売りとばす人が絶対にいないのと同様』

と、とんでもない例えを挙げています。株なら誰もが最高値で全部売りとばすでしょう。

 次に、次期首相候補として安倍晋三氏を論評しています。また過去の例を挙げ、首相の座を射止める方法をアドバイスしています。

『ここにきて、安倍が取るべき最良の戦略は、小泉首相の任期延長を率先してかつぐことだろう。そうすることで小泉首相のおぼえが一層めでたくなり、それによって重要閣僚のポストを複数回もらうことができる。 実は、佐藤政権の次の総理総裁の座を田中角栄が射止めることができたのは、彼がこれに近い戦略をとったからだ。』

 いまどき、そんなやり方がほんとうに通用するのでしょうか。相手は変人の小泉氏です。堂々と政策や知識や能力についてアピールすべきではないでしょうか。

 立花氏は、1年後の政局を予想することで現実逃避をするだけでなく、1年後には昔の予想など問題にされないさ、と気軽に書いているのかもしれません。ブログに書いておくと記録が残りますから、小泉首相が辞任するのかどうか、後継首相がどのように決められたかがはっきりします。その時が楽しみです。

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2005.10.14

森永氏が小泉後継者が戦争をすると予想

 日経BPのSAFETY JAPAN 2005の森永卓郎氏のコラム「小泉構造改革をどう生きるか」の第2回です。

小泉内閣ではなく「ポスト小泉」が日本に災厄をもたらす(nikkeibp)

 森永氏は、「小泉内閣と濱口内閣にいくつかの奇妙な一致」が見られるとして、当時と現在の状況、そして両者の共通点を挙げています。
・厳しい経済状態のなかで登場
・デフレが続いていた
・「財界整理」と不良債権処理
・「腐敗の徹底的な追及」と自民党の経世会支配打倒
・金本位制復帰=グローバルスタンダードへの追従
・大衆に大きな人気
・「ライオン宰相」というニックネーム
・カリスマになった

『それにしても、2005年と1929年のできごとが、なぜにこうまで一致するのか、不思議を通り越して、そら恐ろしい気分になってくる。  だから、今後の日本が戦前の道をたどるなどと単純に言うつもりはないが、当時のその後の展開には注目しておくべきだろう。』

 これは単純に言ってますね。
 濱口首相は、軍事費の大幅削減というより、いわゆる統帥権干犯問題で右翼に襲われ亡くなってしまいました。その後に戦争になっていくわけですが、森永氏はその原因を、

『ユーフォリアを起こしたために、挙国一致に近い体制がつくられてしまい、後継者たちが戦争への道を進むことを容易にしてしまったのである。』

と濱口首相の熱狂的な人気にあったと分析しています。そして小泉首相の場合も人気があるがゆえに、後継者たちが戦争の道を進む可能性があると予想しています。

 今ある事実を集めて予想するのではなく、75年前との共通点をたよりに予想する手法はどれほど有効なのでしょうか。批判のネタには使えるでしょうが、それがどのくらいの確度を持ちえるのか非常に疑問です。なんだか立花隆氏の小泉批判に似ているような気がします。

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2005.10.07

知財高裁が「見出しにも金を払え」と判決

 ニュース見出しの無断使用に賠償命令が下ったという記事が、多くのメディアで取り上げられています。

ネット見出し無断使用に賠償命令 著作権認めず 控訴審(asahi.com)

・著作権については否定
・使用差し止めも否定
・しかし限度を超えた無断使用には不法行為が成立するので、配信会社に賠償を命ずる
という内容です。

 見出しはニュースの内容を限られた文字数の中で表すものであり、かなりの創意工夫があることは理解できます。しかし同時に、見出しには記事を特定する「名前」の役割があると思います。見出し一覧がなくなってしまうと、何のニュースがあるのかわからず、ニュースは読まれません。このため、知財高裁では差し止め命令は行わず、賠償命令にしたものと思われます。

 各メディアの記事を読むと、読売側が勝訴したような印象を持ちますが、著作権も使用差し止めも認められず、請求した2480万円が約24万円(1カ月あたり1万円)と100分の1に減額されたわけで、必ずしも勝ったとはいえません。

 この判決のポイントは見出しが有料だと知財高裁が認めたことですが、その価格についてはかなり安く設定されてしまいました。

 安いとはいえ、見出し一覧が有料ですよと言われてしまうと、使うのをためらう人が多くなるはずです。

 各ニュースサイトにとっては、いくつかのサイトから1カ月1万円もらうより、見出しに限り自由に使わせ、あらゆるサイトに表示してもらって自分のサイトに誘導してもらうほうがメリットが大きいような気がします。もしかしたら、この判決で逆に困ってしまったかもしれません。

 このように落しどころを探るような判決ではなく、はっきりと差し止めを認めるか、あるいは、例えば、
「見出しとはそのニュースを特定する名前・記号であり、たとえ多大な労力や費用をかけたとしても、正しく使用されるのであれば、それを許容すべきである」
などと自由に使わせるか、どちらかに決める判決にすべきだったと思います。

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2005.10.06

森永氏が選挙民をカルト信者扱い

 日経BPのSAFETY JAPAN 2005で、経済アナリストの森永卓郎氏による連載が始まりました。

 「小泉構造改革をどう生きるか」
というタイトルです。年収300万円時代をどう生きるかを説いている森永氏ですから、小泉構造改革にどのように対応すべきかを説く連載内容になると思われます。「年収300万円の時代=小泉構造改革の時代」ということでしょうか。

 第1回は、「なぜ、小泉首相は地滑り的勝利を収めたか」です。選挙民は「恋は盲目」あるいは「ユーフォリア」の状態に陥ったためだという主張です。

『日本語では陶酔的熱狂といえばよいだろうか。先日の総選挙で、小泉自民党が圧勝した理由は、これ以外にどうしても思い当たらない。』

と、最初からとんでもないことを言っています。たくさんの人が分析しているはずです。森永氏は新聞、雑誌、ネットなどを見ないのでしょうか。民主党がだめ過ぎたという理由もすぐに思いつくはずです。

・今回の総選挙は「ユーフォリア」の状態であった
・これは非合理的かつ非経済的な行動である
・ユーフォリアが起きるためには、まずカリスマが出現しなければならない
・カリスマは自分の地位を盤石にするために、反発者を懲罰にかける
・カリスマ支配を強固にするため、情報の遮断が行われた
・選挙民にはユーフォリアを起こすための「厳しい修行」、つまり増税や保険料の値上げが与えられており、選挙民はそれを素直に受け入れている

とよくこれだけこじつけられるものだと感心してしまいます。さらに、

『前回、同じようなことが起きたのは、1920年代の終わりのこと。そのときのカリスマは、「この改革は命がけで行う」と言って、選挙に圧勝した濱口雄幸首相である。しかも、時代の状況から、首相の経済政策、そしてキャッチフレーズまで、背筋が凍るほど共通しているのだ。』

と結んでいます。70年以上前と状況は全く違うはずなのに、部分的に似ていることをとらえ、批判に使おうとしています。この共通点の詳細は次回ということなので、楽しみです。

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2005.10.02

ゼロ金利はまだまだ続く

 株価が上がり続けています。景気もよくなっているそうで、そろそろ金利が上がるのではと言う人もいます。

 来年3月に住宅ローンの借り換えを予定しており、変動/短期固定の金利の低いものと、20年くらいの長期固定のちょっと金利の高いものと、どちらにするか検討しなければなりません。

 NIKKEI NETに「日経政府・日銀の金融政策」という特集があります。過去の金融政策の記事一覧が自動的に表示される仕組みになっていて、タイトルだけで今年の流れがよくわかります。

(5/20)日銀総裁、残高目標の下限割れ容認「方向転換でない」

 5月は日経平均が11,000円くらいで、この頃すでに「日銀当座預金残高の一時的な目標割れの容認」をしていたことがわかります。

(7/13)日銀総裁「景気、踊り場脱却しつつある」
(7/27)日銀総裁「踊り場脱却は間違いない」

 7月は日経平均が11,500円くらいで、順調に上がっていました。

(8/9)政府・日銀、景気の踊り場脱却を宣言
(8/9)日銀総裁、景気踊り場はほぼ脱却と判断

 衆院解散の翌日、踊り場脱却宣言をしています。選挙支援ということもあったと思われます。

(9/8)日銀総裁、景気判断を前進・年内の物価プラス転換にも自信
(9/8)財務次官「日銀、量的緩和政策堅持を」
(9/8)日銀総裁「世界経済、原油高でも順調に拡大」
(9/8)金融政策の現状維持を決定――日銀政策決定会合

 投票日の直前、景気よし、デフレ脱却、原油高問題なし、であるにもかかわらず、金融政策は現状維持を決定しています。その理由は、

『原油高や大型ハリケーンの被害に見舞われる米国経済の先行きは不透明感が増している。日本経済への影響も懸念されるため、景気の先行きを一段と注意深く見守る必要があるとの考えで一致したもようだ。』

ということです。このあとは、

(9/14)量的緩和の解除へ長い時間は不要──岩田日銀副総裁
(9/20)水野日銀審議委員、量的な金融緩和の解除「3段階で」
(9/24)量的緩和の解除、原油高要因を慎重に考慮・日銀総裁が会見

と、日銀からバラバラのメッセージが出てきます。副総裁はすぐにも量的緩和の解除をするようなことを言い、総裁は原油高を理由に慎重です。水野氏は量的緩和の解除の手順を説明することで地ならしをしようとしているようです。そして、

(9/29)量的緩和、05年度中の解除否定せず・日銀総裁

と、いままでの慎重な考え方をと違う方向を示したとたん、細田氏、谷垣氏、竹中氏から、現状維持を求める声が相次ぎました。
量的緩和の早期解除、閣僚からけん制発言相次ぐ(NIKKEI NET)

 これまでの流れから見て、問題は物価であり、今後さらに株価が上がっても、景気がよくなっても、物価が少しでも下がっている限り、金融政策は現状維持ということなのだと思います。5月の11,000円から9月の13,600円まで2割以上も株価が上昇し、景気がいいはずですが、それが量的緩和の解除につながるのではなさそうです。

 物価が上がる要因は、原油高、原料高、円安くらいです。これに対して、物価が下がる要因は、技術革新、流通革新、サービス革新、人件費削減、地価下落、規制緩和などたくさんあります。

 ゼロ金利は今後も当分の間続くのではないでしょうか。住宅ローンは変動/短期固定のもので検討していきたいと思います。

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2005.10.01

立花氏が独裁者小泉におびえています

 「立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」」は、以前のペースを取り戻して新しいエントリが連続するようになりました。

霞が関キャリア官僚が明かした小泉「ポスト郵政」の本気度(nikkeibp)

 まずは朝日新聞の社説「『五月病』でしょうか」に、その通りだと同調しています。
 次に「フライデー」から引用し、小泉首相の健康状態と精神状態が悪いのではと推測しています。

 新聞や週刊誌から情報収集するのではなく、本人や、親族や、自民党の首相に近い人に直接聞けばいいのにと思うのですが、取材拒否されているのでしょうか。

 それからタイトルにある「霞が関キャリア官僚」の話になります。

『郵政以外、あの人は本質的に興味がないんじゃないかな。だから郵政が終わったら、あの人は、本当に総理大臣なんか窮屈なばかりだから、辞めてしまいたいと思っているんじゃないかな』

 とにかく、立花氏はやたら小泉首相の任期にこだわっています。普通に考えれば短くて1年長くて4年だと思うのですが、1年以上やるかどうか気になって仕方がないようです。

 そして、立花氏は、「権力」にもこだわっています。つまり、
・権力というものは、権謀術数を駆使して奪うものである
・権力者は、いったん手にした権力は絶対離さない
・権力者を敵にすることは恐ろしい。だからその動向に細心の注意を払うことが必要である
と考えているようです。それを与えたはずの国民はここにありません。立花氏のようなタイプの人が首相になったら、大変なことになってしまうのでしょう。

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