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2005.05.20

立花氏は憲法第9条原理主義者である

「立花隆の「メディアソシオポリティクス」」における、憲法論の3作目です。

日本を軍国主義へ導く「普通の国」論の危険性 (2005.05.17)

「普通の国」になることで軍国主義になるなら、他の国はすべて軍国主義のはずです。おかしいとは思わないのでしょうか。そんな指摘をうけたことはないのでしょうか。

別の言い方にするなら、日本人は世界帝国アメリカを守るために血を流せということなのだ。

立花氏に代表される日本の多くのジャーナリストは、冷戦時代の思考のくせが抜けていないような気がします。冷戦時代とは、ソビエトや中国のような人民のための共産主義国家が、アメリカの帝国主義に対して闘うといった構図です。ソビエトが崩壊し、その内幕がわかるにつれ、共産主義の名の下に独裁・恐怖政治が行われていたことが再認識されたはずなのに、そのことが受け入れられないようです。


立花氏はとにかくやたら9条を評価しており、日本の繁栄はすべて9条のおかげなんだそうです。

憲法9条があったればこそ、自衛隊はイラクに行っても、外国の軍隊に守ってもらいつつ、サマワ郊外に堅固な陣地を築いて中に閉じこもったままでいるなどということができる。
憲法第9条のおかげで日本が得たものは沢山あるが、なかんずく、この60年間、日本が戦争によって、同胞の血を一適も流さないですんできたことが何よりも誇らしいことだと思う。
憲法第9条が日本に歴史上未曾有の繁栄もたらす
春秋の筆法をもってするなら、冷戦を終らせたのは、日本の憲法第9条だったともいえるのである。

確かにメリットはありましたが、湾岸戦争で90億ドル払ったにもかかわらず、全く感謝されなかったことなどのデメリットも考慮にいれて論ずる必要があるでしょう。

日本がこのように、アメリカから一方的に利益を引きだしてきたのはズルイという意見もあるが、それこそ、ナイーブな人(レアルポリティク的にいうと頭が悪い人の別名)のナイーブすぎるものの見方である。(レアルポリティク:政治学用語。現実主義的権力政治。国益中心主義的政治。語源はドイツ語)

と、この国際協調の時代に驚くべき視野の狭さを見せています。
面倒な紛争があっても、それが危険なら一切かかわるなと言っているようです。全く自己中心的です。これで国民を説得できると思っているのが不思議です。

あらゆることが9条のおかげであるがゆえ、その9条を絶対守らなければならないという考え方は、「コーランにかえれ」というイスラム原理主義に似ている感じがします。時代はどんどん変化しているのに大昔に決めたことにいつまでもとらわれ、柔軟性がないのでは、イスラムの国々のように政治も経済も停滞してしまうでしょう。

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コメント

それじゃあ、皆さんはアメリカと一緒に大義無き戦争(自国を守るという嘘)に参加して自らの命、家族、同胞の生命を捧げる覚悟がありますか?件の記事を熟読する必要があると思いますよ。

投稿: | 2005.05.28 11:27

立花さんは、非現実主義者というか、現実からの逃避者に見えます。 脳死判定のときでも同じですが、観念論という、ロジカルとはおよそ遠いところで議論を展開して「いかにも」という結論を導く。 原理主義とこちらで評しているのにも、納得できます。 「9条がなくなれば、アメリカの言いなりで即たくさんの血が流れる」とのロジックは、「全ての決定主体が日本にある」との基本的(普遍的)権利が日本になく、「アメリカの言いなりで全てが決まる」との、ジャーナリズムのカケラも見出せない観念から論じております。直ぐに東大出身を出すあたりも、新しさに対応できなくなってきた証拠ですね。私は改憲論者でもなく、ごく普通の日本人ですが、こうしたロジックの捻じ曲げは、とても気になります。最初に「9条を永遠に守ろう」有きの議論展開に反吐が出るだけです。

投稿: 山本 | 2005.05.24 10:54

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